2021年8月22日日曜日

いわき市の詩人・「草野心平氏」

 


、いわき市の詩人・「草野心平氏」




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● 我が大先輩、いわき市の詩人・「草野心平氏」

「いわき」を語る時、一人の偉大な人物がいた。 しかも、筆者の高校(当時は旧制中学)の大先輩でもあるから是非紹介しておきたい。 かえるの詩人・「草野心平」氏である。







『春の歌』 詩 草野 心平



かえるは、冬のあいだは土のなかにいて、春になると地上に出てきます。

そのはじめての日のうた、



『 ほっ まぶしいな。

ほっ うれしいな。

みずはつるつる。

かぜはそよそよ。



ケルルン クック。

ああいいにおいだ。

ケルルン クック。



ほっ いぬのふぐりがさいている。

ほっ おおきなくもがうごいてくる。



ケルルン クック。

ケルルン クック。 』





「かえるのシンペイ」は・1987年の文化勲章を受章している。



1931年、東京・麻布十番で焼鳥屋台「いわき」を開店した、

1952年、文京区に居酒屋「火の車」を開店、

1957年には新宿にバー「学校」を開いている。

かえるのシンペイは、やはりかえる同様、水に縁があったようだ。



それでも貧乏神はシンペイの元を去らず、未だ面識のなかった宮沢賢治あてに「コメ1ピョウタノム」と電報を打った。  賢治に電報を打ったのは、彼が農場を持っているのを知っていたのである。

そして、宮沢賢治を見抜いた草野心平の凄さ、





この賢治のことをシンペイは、



『 現在の日本詩壇に天才がいるとしたなら、私はその名誉ある天才は宮沢賢治だと言いたい。 世界の一流詩人に伍しても彼は断然異常な光を放っている。 彼の存在は私に力を与える(中略)、私は今只、世間ではほとんど無名に近い一人のすばらしい詩人の存在を大声で叫びたいのである。 (中略)今後、彼はどんな仕事をしていくか、恐るべき彼の未来を想うのは私にとって恐ろしい悦びである。 宮沢賢治の芸術は世界の第一級の芸術の一つである・・』・・と断言している。 そして、若き天才・宮沢賢治の死後まもない昭和8年、「日本詩壇」に載ったシンペイが送った追悼文の末尾に、『最後に一言ドナラしてもらえるならば、日本の原始から未来への一つの貫かれた詩史線上の一つに、類まれなる大光芒が「宮沢賢治」であることはもう断じて誰の異義をもはさめない、一つのガンとした現実である。』 、と書いている。   





宮沢賢治の偉大さと、又それを見抜いた草野心平の凄さがよく理解できるのである。 草野心平はただ単なる「蛙の詩人」ではなく、彼こそ原始から未来への線上で大光芒を放つ詩人であり、世界に誇る哲学的詩人である。 宮沢賢治と並ぶ、もう一人の「東北人らしい感性豊かな人の代表」なのである。

「草野心平」はただ単なる「蛙の詩人」ではない、偉大なる「蛙の詩人」なのである。





次回も、いわき市の詩人・「草野心平 Ⅱ」


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