
石段途中にあるお土産店の石松っつぁんの人形、
● 浪曲の中ですが、「森の石松」が親分・次郎長の金毘羅代参、
途中、参道石段の土産屋に、ユニークな、かなり大きめでやや等身大の「石松っつぁん」の人形が置かれていた。 ご存知、広沢虎造の口演浪曲、清水次郎長伝の中の「森の石松・金毘羅様代参」の石松っつぁんを模作したものである。
石松は、次郎長の名代で金毘羅さんへ悪人を切って汚れた刀を納めに行くことを頼まれ、大政、小政にも金毘羅様代参に行ってくれるよう説き伏せられる。
” ♫ ♫ 文久二年の三月半ば、何処も同じ花見時。 次朗長が石松に、「讃岐の金毘羅さんまで使いを頼む。悪(わる)の代官と久六を斬った汚れた刀をお山(金毘羅さん)に納めに行くためである」 「すぐに行ってきます」という石松に、「待て待て、発つのは明日でいい。それから次朗長が頭を下げてのお願いは、お前という人は酒癖が悪いから、旅の間は一滴の酒も飲んでくれるな、いいか・・」「わかりました。つとまらねえから断ります。」「俺がこんなに頼んでもいやか?」「いやです」「よせ!次朗長には六百何十人子分がいるが、俺の言うことをいやだと言うのはお前一人だ 。生かしておいちゃためにならねえ。命はもらった、覚悟しろ。」「有りがてーな、わっしゃあ、あんたに惚れて子分になったんだ。惚れたあんたに斬られて死ねりゃ本望だ、さっ、斬っておくんねえ。」強情っぱり同士が喧嘩している。 となりの部屋で聞いていた大政、小政が石松を呼びつけて、「嘘も方便て言葉を知らねえか。判らないようにこっそり飲んでいいから」と説教し、判った石松は、翌朝、金毘羅さんへ向けて出発する。 四国・金毘羅さんに刀を納め、讃岐の国を後にして、大阪へ戻る石松は、大阪・八軒屋から伏見へ渡す三十石船に乗り込み、船中でのやりとりで、「飲みネー、食いネー、もっとこっちへよんネエー、江戸っ子だってネー」「神田の生まれヨー」♫ ♫ ” の、やりとりは余りにも有名である。 だが、その後の石松の運命やいかに・・?、実は、石松は次郎長が待つ清水へは帰ることが出来なくなってしまうのだが・・?
現代の若い人は・・?、無理かな・・。
帰路、駐車場の御土産屋で、2000円の七福神の置物を購入し金毘羅宮を後にした。
金毘羅さんに纏わる昔の歌、
「金毘羅船々」 (四国 讃岐民謡)
金毘羅船々
追風に帆かけて
シュラシュシュシュ
まわれば四国は
讃州・那珂郡
象頭山
金毘羅大権現
一度まわれば
金毘羅み山の
青葉のかげから
キララララ
金の御幣の
光がチョイさしゃ
海山雲霧
晴れわたる
一度まわれば
金毘羅石段
桜の真盛り
キララララ
振袖島田が
サッと上る
裾には降りくる
花の雲
一度まわれば
昔の女の子は、よく次のような数え歌を歌いながら、お手玉で遊んでいたという。
一番はじめが一宮
二また日光東照宮
三また讃岐の金毘羅さん
四また信濃の善光寺
五つ出雲の大社
六つ村々鎮守様
七つ成田の不動様
八つ八幡の八幡宮
九つ高野の弘法様
次回は、いわき湯本の「金毘羅さん」























