● 昔の街道、陸前浜街道の成立ちとルート、
各街道の歴史というのは、都(奈良や京都)から全国へ至るルートは既に飛鳥時代には整備されつつあリした。 奈良期の律令時代には畿内(近畿・奈良の都)から現在の奥羽地方・三陸海岸までのルートとして主に太平洋沿岸では東海道、伊勢街道など海道と名づけられた道があり、陸前浜街道もこれらの奥州方面の一部として既に存在していたらしいのです。 奈良時代の当時はすでに石城の国に駅(宿駅、宿場、)が設置されており、平安時代になってからは、既に記録したとおり勿来の関に関する古の多くの歌も残されている。
鎌倉、室町時代になると浜海道は完全に全ルートが整備され、京の都人や西国の人たちの多くが陸奥国への往来が盛んになってくるのです。 又、江戸期には江戸日本橋を起点とした街道が整備され、正式な街道の名称も誕生しています。 又、陸前浜街道は単なる呼び名の浜海道ではなく、地位や領内の名前をとって水戸までは水戸街道、常陸街道、磐城街道、岩城・相馬街道、また、伊達仙台藩では江戸浜街道など、これらは幕府の通達以外の民間の呼称としても呼んでいたらしい。
尤も、民間の呼び方は色々で、道とか道中、路などと愛称で呼んでもいたようでもあり、そして、国の公道として街道の呼称が統一されるのは明治時代に入ってからで、明治5年(1872年)政府通達によって、江戸から仙台までを「陸前浜街道」という正式名称がくだったのでした。
実際の正式な通達文献によると、『 武州千住駅ヨリ常州水戸ヲ経テ、陸前国岩沼駅ニ至ル迄ノ道筋、自今陸前浜街道ト可称事。 長久保光明、『陸前浜街道地誌』暁印書館、16頁(『改訂維新日誌』第四巻、明治5年の項よりの孫引き) 』とあります。
実のルートとしては江戸の千住から亘理郡の岩沼(現在の宮城県岩沼市)であり、水戸までは20宿、(水戸街道)水戸から岩沼までは36宿の宿場町が挙げられるが、尚、日本橋ではなく千住が起点になるのは、こちらは日光街道、奥州街道の起点にも成っているという理由からでしょう。 尚、この陸前浜街道は概ねではあるが、現在の国道6号線および高速の常磐道、其れに鉄道ではJR常磐線にほぼ一致しています。 因みに、JR常磐線の下りの終点は岩沼駅になっていて、何故か浜海道と一致しているのです。
● 陸前浜街道と名所、
このように、陸前浜街道という長い道中のほぼ中間に位置しているのが、我らが「いわき湯本温泉」であり、江戸期の温泉番付でも記されていますが、常に上位に記された名湯であったそうで、浜街道ではただ1つの天然の温泉場でもあったのです。 湯本温泉は、多くの旅人や通行人の憩いの場所でもあり、人々が交わる交流の場所でもあったのです。 温泉場は当時は鄙びた湯治場でもあり、農閑期を利用して湯治に訪れた近郷の農民達もいで湯で疲れを癒やす人たちもおれば、参勤交代の途中の大名や武士などのお偉いさんも混在した湯本宿の姿でもあったようです。
温泉街の中心に「松柏館」(しょうはっかん)という和風の庭園の見事な老舗の旅館がありますが、こちらは本陣宿ともいって江戸期の頃はお大名や上級武士が泊まった旅籠としても有名で、特に参勤交代道中の折には藩主が泊まったところとしても知られています。
陸前浜街道のことで、いわき湯本に関することは前に詳しく述べてきたが、ここで浜開度に隣接しているところでいわき湯本近辺の古くからの著名なところを2, 3箇所チョット紹介したいと思います。
先ずは、浜街道に沿った「能満寺」のことであります。 我らが小学生の頃に学童揃って遠足に出かけた地でもあり、由緒と歴史と自然のあるお寺さんであることは間違いなさそうです。 場所は陸奥国磐城郡磐前村西郷(現在の福島県いわき市常磐西郷町)になりますが、何と言ってもこの寺を著名にしているのは、高僧・「袋中上人」だ育ったところであり、出家した寺院でもあったのです。 更の鄙びた片田舎のお寺に国宝の仏像である「虚空蔵菩薩坐像が安置されているところでもあるのです。
袋中上人といえば、琉球沖縄で仏教の教えを説きながら「エーサー踊り」を広めた僧侶であり、尚且、いわき地方の名物である「じゃんがら念仏踊り」を中興した人物でもあったのです。 これは400年程前に、琉球(現在の沖縄)へ渡った際に、琉球の貴族で沖縄の賢人ともいわれる人たちに、現地の人たちと一緒になって易しい仏教(浄土宗)を布教した際に、念仏に節と踊りを付けたものが現地の琉球芸能と融合して出来上がったものが現在のエイサーの元となったと言われているのです。 帰郷してからも故郷の能満寺を起点にして、いわき地方に念仏踊りを広めたとも言われているのです。
能満寺では毎年のお盆の季節’旧暦の8月半ばに「虚空蔵尊祭り」が行われます。 地元の西郷町じゃんがら保存会の青年達によって奉納が行われています。近年では、琉球沖縄と福島いわき市の交流もはじまり、その一環として本場の沖縄からのエイサー奉納も行われているとのされています。
次回は、陸前浜街道と其の界隈(PartⅡ)
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