2021年10月24日日曜日

国指定の「白水阿弥陀堂」

 










 いわき市内郷町の「白水阿弥陀堂」、



 

● 平安時代の国指定の「白水阿弥陀堂」

 さて、「白水阿弥陀堂」は、いわき市内郷白水町にある県内唯一の国宝でもあり、平安末期に造られた浄土庭園を伴う阿弥陀堂があり、本尊の阿弥陀如来像をはじめ、国の重要文化財に指定されている仏像が5体も安置されています。 三方を低山に囲まれた浄土庭園は前面に池と橋を配し、全面に平安期特有の優雅な面影を残している。 コレラは国史跡に指定されているが特に、紅葉が美しく季節になるとライトアップもされ、観光客を魅了する。

 

この様な辺鄙(・・?)な田舎町に、優雅な平安朝の建物が残されているかは不思議な感じもするが、其れには相当の歴史的な由緒があったのです。 先ず、其の背景には奥州藤原氏といわきの岩城氏が深い縁で結ばれていたということです。

 

白水阿弥陀堂は、時代的には平安末期の1160年(永暦元年)に、いわき地方を統治していた岩城則道(岩城氏の祖)が藤原清衡(奥州藤原4代の祖)の娘・徳姫を娶っていたのに始まるのです。 徳姫は夫・則道の死後、其の菩提を弔うために寺院を建てて願成寺と名付け、その一角に阿弥陀堂を建立したとされています。 阿弥陀堂はその後、後鳥羽上皇(鎌倉初期の「承久の乱」でも知られる)により勅願寺とされ、江戸時代には、徳川将軍家より寺領10石を与えられるなど、歴代の為政者に保護され、現在に至っている。

 


弥陀堂は明治
35年(1902年)に歴史的な遺構として、当時の古社寺保存法に基づき特別保護建造物に指定され、昭和の年代になって文化財保護法に基づく国宝に指定されている。 そして、御堂内の須弥壇(しゅみだん・仏像を安置する檀)には、本尊阿弥陀如来坐像、脇侍(きょうじ・わきざむらい;木


中心となる仏像を両脇で支えながら安置されている像)の内側に観世音菩薩と勢至菩薩、外側に木造持国天立像と木造多聞天立像の五体が安置されており、いずれも国指定の重要文化財になっています。

 

又、近年の調査によると、奥州藤原氏の平泉文化と関連が深い浄土式庭園であることが判明しているが、当時の仏教文化を考えるうえで大変貴重なものと判明されていて「白水阿弥陀堂境域」として国指定史跡に指定されている。 

当時のその寺域の境堺は東西凡そ2町、南北凡そ3町(一町は凡そ109m)の広さということで、内院と外院を含めても現在の願成寺はかつての境域に存在していたとされています。 現在の願成寺は阿弥陀堂の凡そ300メートルくらいの南に位置して、やや高台に存在しています。 現在の阿弥陀堂は願成寺所有になっている、ただ庭園については行政上の市の管理になっているようです。

 

 

 


奥州藤原氏に近い中世期の岩崎氏、

 因みに、いわき地方の岩城氏は戦国時代の頃まで当地方支配していた豪族で、海道平氏とも呼ばれていたらしく、隣国の常陸平氏の佐竹氏の一族ともいわれ、岩城則道を祖としている。 前記の通り奥州藤原氏とも縁が関係が深く、藤原清衡の娘・徳姫を正室に迎えている。 (血統は源頼義の流れの娘とされるが不詳) また、岩城成衡は出羽清原氏に養子に入ったとされ、出羽清原氏との関係も深いとされる。

 

出羽国というのは今の山形・秋田地域のことで、平安期の頃までは当地の豪族・清原氏が治めていた。 後の奥州合戦では本家の清原家は滅びるが、支流の清原清衡が後三年の役で勝利を収め、後に藤原氏と名乗って平泉において奥州藤原氏の元を作っている。

 

 

蛇足ながら、平安期以降の岩城氏は鎌倉、更には室町時代にかけては、数々の戦乱を経て最盛期を迎えることになる。 更には岩城氏の戦国期は、小田原城攻めで豊臣秀吉方に味方し謁見して領土はそのまま安堵されが、秀吉没後の「関ヶ原の戦いでは西軍の石田三成方に加担して敗れ、徳川家康に降伏した後には所領の磐城12万石は除封され、お家は断絶となってしまう。 

常陸その後、家康に再興を嘆願した結果、大坂夏の陣で従軍し、戦功を挙げたために岩城吉隆(いわきよしたか)は、信濃・川中島藩に一万石(信濃中村:現、長野・木島平という説もある)の創設を許され大名として復帰する。 

 

 
更に、川中島から「亀田」に転封(てんぷう)となって入部し、岩城亀田藩の初代藩主となるのである。 同様に遠縁に当たる常陸の佐竹氏も関ケ原の敗戦で常陸から出羽秋田に転封になるが、伯父・佐竹義宣(初代秋田藩主)に子供がなかったため岩城吉隆が養子に迎えられ、吉隆は秋田藩52万石の第二代藩主となり大大名になり、後に「佐竹義隆」と名を改めている。 秋田県の岩城地域、「岩城町」の町名は、この岩城氏に因んだ地名なのであり、いわき地方出実の岩城氏は、この秋田の地で脈々と系統を受け継いでいたのであった。 

 

次回は、関連ブログ記事、、 

 

 

 

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