湯本温泉の共同湯と青春の記、
● 湯本温泉の今と昔の共同湯、
実に1600年以上の歴史を持ち、播磨の有馬温泉や伊予松山の道後温泉と並んで日本三古泉にも選ばれている「いわき湯本温泉」、世界でも屈指の毎分5トンもの湯量を誇り、お肌に良いとされる各種成分をたっぷり含んでいます。 「湯本」の地名は平安時代にも遡るとされています。
泉質は珍しい硫黄泉で「美人の湯」として愛されています。
温泉街からチョット離れたところには、お馴染みの巨大温泉リゾート施設「スパリゾートハワイアンズ」があり、また同じく温泉街西側にある常磐白鳥町には日本中央競馬会の競走馬リハビリテーションセンターもあり、競争馬用の温泉入浴施設がありますし、テレビ番組でも競走馬が温泉に浸かってる様子が放映されます。
温泉街はJR常磐線の湯本駅前から山側に、温泉通り沿いに温泉街が広がってて、各種の旅館やホテルが点在していますが、共同浴場は駅前の足湯設備などの他に3軒存在しています。 その中の「さはこの湯」は観光客用の日帰り入浴施設として人気もあります。
現在は観光用のサハコの湯の他に駅前の「みゆきの湯」、北方の街外れの「上の湯」など三箇所ありますが、しかし、其れ以前の昭和の時代の頃までは、町営または個人経営の銭湯みたいな共同湯が沢山有りましたね。 小生は其の内の自宅近くの栄田の共同湯をよく利用していましたが、この銭湯にはチョットした生々しい思い出があるのであり、絶対に死ぬまで忘れる事の出来ない記憶になって残っているのです。
其の共同湯というのは湯本駅から正面に御幸山(御幸山公園)を見ながら、駅前通を左に、つまり南側に向うと通りの右側の栄田地区にあった。 元の我家からですと湯本第一小学校の直ぐ下にあったのですが、家から共同湯までの距離は凡そ150メートルくらいであったのです。
通常、我家のお風呂は社宅の共同湯(普通の沸かし湯)で済ましていたが、夜遅くなったり何かの都合でお金を払って温泉に浸かった事も有ったのです。 お金といっても当時は10円もしない金額で、今で言う100円程度だったでしょうか。 この温泉共同湯というのは多分ですが個人経営であったのだろう、極めて粗末な造りで、ガラガラっと引き戸を開けると直ぐに脱衣場があり、いちおう番台はあるのだが、其の番台には余り人がいた試しはなく、番台の前に入湯料金のコイン入れがぶる下げているだけであった。
更衣室で着替えるとガラス戸を開けると正面にはコンクリートあしらえた湯船が有り、サイドの壁側に洗い場や蛇口が付いているのみの簡素な浴室なのであった。 この共同湯は夫婦家族で商っていたらしいが、日に一度は温泉を止めて清掃等は施していたらしく、粗末な作りではあるが意外と清潔になっていたのは何よりで、そんなことで昼間から利用する人もいたが何と言っても夕方は結構な人が利用していた様子ではあった。
もっとも今では個別の住宅にお風呂が付いているのは当たり前だったが、当時はお風呂のない家も結構有り、其の方々は数日に一度は共同湯で済ましていたようでもあった。 何しろ共同湯の良いところは置くまでも温泉ですから、沸かす手間もいらないし、従って、燃料の心配もいらないことであった。 多分、洗い場などは水道水のみで、水道を沸かしたお湯なども無かったのかもしれない。 更に、此方の栄田の共同湯の良いところは、夜中の12時(0時)ころまで営業をしていたことであった。 これは炭鉱の労務者が交代番で帰宅した人のために夜遅くまでやっていたのだろうとも想像するのです。
次回は「
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