いわき湯本と「最近の霊墓事情」
墓地、墓標といえば、しばしば寺院、霊園などの広告に永代供養を謳うものが多い。 だが、「永代」という言葉の使用によっては誤解やトラブルが多いらしい。 実際には10回忌、30回忌や50回忌までといった内規制限がある場合が多く注意が必要ともいわれる。 又、霊園の倒産、寺院の廃寺などによりこの「永代」も保証される訳ではもちろんない。
元来が永代供養というのが、江戸時代に檀家の減少を補う目的で僧侶が発案した商業手法であり、本来は毎月の命日に小額ずつ受け取っていたお布施をまとめて集金する当時の新システムなのであった。
現在の永代供養もその名残であるが、商品である以上、言語表現の誤認防止や費用の表示の透明化など早急な法の整備が望まれているという。
尚、墓苑、墳墓、墓石は遺体や遺骨を埋葬する場所は「築く」といい、その位置や故人の名を刻んだ墓石や塔は「建てる」という。
これを建てた人という意味で建立者の名を刻む場合は、ほとんどが「建之」の字を当てられる。 何れにしても、墓地は生前を明かす、故人となった記念の碑でもある。
日本では、墓前の法要や年中行事になっているお彼岸やお盆といった風習があり、周回の法要や時の春秋の中日を境に墓参して霊を祀ったり、「霊が先祖帰りして子孫と交流する」といった行事が古来から存在する。
特に、春分の日・秋分の日がそれぞれ国民の祝日となっているように、日本独自の仏教行事であり、「国民の休日に関する法律」には、「先祖を敬い、亡き人を偲ぶ日」とされ、本来一家揃ってお墓参りをすることが行事の一つとなっている。
この祭り事を現代人は国民の休日は忘れないが、これら行事についてはつい忘れがちか、故意に葬り去ってしまう傾向があるようだ、大事にしたいものである。
何れにしてもお墓参りをする機会があり、それを実行することは個人やご先祖を懐かしみ、亡き人の徳を追憶し、冥福を祈ることである。(追善供養) そして、合わせて「己の功徳を積む」ことにもなる。 それは仏教界の教えばかりではない。
日本人として霊の証しとなる墓碑を持ち、定期的にその地へ訪れ、霊を祀る心だけは失いたくないのである。
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