


四国讃岐の金毘羅宮
● 四国讃岐に鎮座する、本社の金刀比羅神社、琴平神社
民謡・「金毘羅船々」
金毘羅船々
追風(おいて)に帆かけて
シュラシュシュシュ♪
まわれば四国は
讃州那珂の郡
象頭山(ぞうずさん)
金毘羅大権現
一度まわれば♫
一番の歌詞を解説すると
「金毘羅船々」=金毘羅とは四国、讃岐国(香川県)にある金毘羅大権現のこと。明治以前の神仏混淆時代には金毘羅大権現と称していましたが、明治初年の神仏分離、廃仏毀釈の流れで、金刀比羅宮という神社に変わっています。 「追風に帆かけて」=進む方向に吹く追い風のこと。風を帆に受けて順風満帆の様子を唄っています。 シュラシュシュシュ=船が速く進む様子ですが、シュラは修羅で、巨石など重い物を載せて引く、そりの形の運搬具かけた言葉とする説もあります。 「四国は讃州那珂の郡」=那珂郡(なかのごおり=なかぐん)は、香川県にあった郡。現在の丸亀市、琴平町一帯を指します。
さて、江戸期以前は神仏混交の時代であり、神も仏も一緒一体になっていた時代ですね。 金毘羅大権現とはこの時代もの呼び名で、「権現」と言うのは、代わりに現す、現れるという意味で、この場合は仏や仏体が神の代わりになって姿を示している、と言う意味になってきます。
ところが、明治初期に政令で神仏分離・廃仏毀釈が実施されたことによって、、金毘羅権現という名称は廃止され、神を祭る神社としての格式に換わったのです。 つまり、金刀比羅神社は大物主神(大国主神の別名)がを主祭神となったのです。 更に、全国にある凡そ600社ともいわれる金刀比羅神社、琴平神社の総本宮でもあるのです。
当初はあらゆる分野の人々に信仰されていたが、19世紀中頃以降は特に海上交通の守り神として信仰されており、漁師、船員など海事関係者の崇敬を集めるようになりました。 時代を超えた海上武人の信仰も篤く、戦前の大日本帝国海軍の慰霊祭だけではなく、戦後の日本特別掃海隊(朝鮮戦争における海上保安庁の掃海)の殉職者慰霊祭も毎年、金刀比羅宮で開かれる。 境内の絵馬殿には航海の安全を祈願した多くの絵馬が見られるし、金毘羅講に代表されるように古くから参拝者を広く集め、参道には当時を偲ばせる燈篭などが今も多く残っています。
次回も引き続き「金刀比羅宮」のこと、
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