2021年7月27日火曜日

金比羅宮の「さざれ石」と君が代

 





さざれ石

さざれ石2
金毘羅さんのさざれ石と説明碑




● 金比羅宮の「さざれ石」と君が代 

大門からの参道の突き当たり、書院のそばに大きな「さざれ石」が鎮座している。 「さざれ石」というのは細かい石のことで、長い時間をかけてこれが集まり堆積して、粘土や砂などと混ざって礫(れき)岩となり、やがて巌(大きな岩)にもなる。小粒のものが大きく育つ意味合いで、目出度い「石」とされている。 勿論、何処かで聞いた風だなと思ったら、我が国歌「君が代」の歌詞の一部になっていることに気がついた。

 
この、さざれ石は他の主要な神社にも鎮座されている所があり、特に京都の護王神社(京都市上京区:京・平安遷都に功績のあった和気清麻呂(わけのきよまろ)を祀っている)のものは和歌に詠まれた「君が代」の原点になったものといわれるが・・?。 「さざれ石」は、その他の主要な神社出雲大社(島根県)、鶴岡八幡宮(鎌倉)、霧島神宮(九州)、又、「君が代」を尊愛する関係先での東京の皇居・千鳥が淵戦没者霊園、さざれ石公園(岐阜県)というのも在るという。

 

ところで、国歌・「君が代」についてですが、

 「 わがきみは 千代にましませ さざれ石の巌となりて 苔のむすまで 」  (古今和歌集 よみ人しらず)



 日本に「国歌」が制定されたのは明治時代でしたが、その元になった歌は上記の平安時代に編纂された「古今和歌集」の中から取られたものでした。 歌の作者は「よみ人しらず」となっており、誰の歌かは分かっていません。



「わが君は 千代にましませ さざれ石の

いはほとなりて 苔のむすまで」

よみ人しらず(古今和歌集)

 (あなたは、千年も万年もおすこやかに長生をお保ちください。細かい石が大きな岩となり、苔が生える先ざきまでも) 新潮日本古典集



現今の「日本国国歌」

君が代は 千代に八千代に さざれ石の

いわおとなりて 苔のむすまで


この古今集の歌句が、「君が代」の大元になったとされているが、明治憲法では、「万世一系の天皇はこれを統治す」と、「君が代」は天皇自身を指していたが、これは歌の解釈が当時の「富国強兵」に解釈され、戦後、国民にある種の思惑で翻弄された。 現在は、「君が代」の「君」は天皇を超えて、国民自身を指し国民国体を讃美、讃歌する歌として、親しまれていることには間違いないとしている。


「君が代」この曲については、次のようなエピソードがあります。 日本の代表的作曲家である山田耕作氏は、若い頃ドイツに留学していました。 その頃、ドイツの大学の音楽教授たちが、世界の主な国歌について品定めをしましたところ。その結果第一位に選ばれたのが日本の「君が代」ということでした。


前述したが、歌詞の中の「さざれ石の巌となりて」について

「さざれ石というのは、細かい石のことであり、さざれ石が固結した岩石を礫(れき)岩といいます。 つまり、さざれ石は巌になるのです。 ただ、地質というのは巖が風雨によって砕かれて小石や砂になるのが一般的ですが、日本列島という地質学的には、大陸から運ばれてきた小さな石(さざれ石)が堆積を続け何千万年という長い間に、圧力で固結して岩石となるということなのです。 


学問とし、地質学の発達以前にできた「君が代」が、科学的にみて現代の地質学の理論にピタリと合っているのは不思議なくらいで、歌詞には非科学的なところは少しもないというのが地質学者の見解でもあるという。


「君が代は、千代に八千代に」についてですが、これは、「天皇の御代がいついつまでも」と言うような意味であり、現代は民主主義の時代であるのに、天皇を讃える歌を歌うのは矛盾しているという考えもありますが、それは、表面的な解釈といえるでしょう。


 日本国憲法の第一条には、「天皇は、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴である」とあります。 象徴という言葉を考えてみると、象徴とは目に見えないもの表現しにくいものを、目に見えるような形に表したものです。


天皇は、日本国民が一つに統合されるシンボルということになっています。 したがって、「君が代は、千代に八千代に」の意味は、現憲法に照らしてみても、「日本及び日本国民が、いついつまでも平和で栄えますように」という意味になります。 従って、現在の日本国の社会体制である民主主義とは少しも矛盾しないことになります。

 
因みに、イギリスの国歌は、世界で最も古く有名なものですが、労働党内閣ができても、「神よ、守れ、女王を」と歌っています。 それで、民主主義と少しも矛盾しないことを、イギリス人は知っているのです。


「君が代」は日本を代表する歌の歌詞として、日本文化の中から生まれたもの、古くから人々に親しまれ、しかも、格調の高いものであることが望ましいのでしょう。その意味でも、この歌は、ふさわしいと言えるでしょう。



 また、当然のことですが、「君が代」を歌えば、日本が再び軍国主義化するとか、戦争につながるという議論は成り立ちません。 日本以外の国でも戦争をしています。それどころか、日本は世界の中でも戦争の少ない国なのです。

ただ、君が代や天皇制に反対する勢力が国内にはあります。 其の反対派の中心は日本共産党であり、其の配下にある日教組とそれを支持する革新派(リベラル派)ということになるでしょう。 しかし、これも日本国という民主主義の世の中だから唱えられることであろう。


其の反対派の考え意見として、「君が代」の「君」は「天皇」を意味し、従って「君が代」は天皇とその治世を讃えた歌である。 戦前ならばこれでもよかっただろうが、しかし、国民主権を原則とする日本国憲法の下では到底、公の教育の場においてはふさわしい歌ではないとしている。




次回は、 「森の石松」の金毘羅代参、



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