● 昭和天皇の東北巡幸、
ところで、昭和天皇は全国巡行を実施に当って、比較的早い時期の八月に東北巡幸が行われた。 当初の宮内庁は天皇陛下の静養のために暑さを避けるために九月に入って涼しくなってから巡幸が行われる予定であったが、天皇御自らが東北巡幸の早期実現を熱望されたという。
この時期には東北地方を水害が襲い、そのために延期もやむなしと言われていたこところ、昭和天皇はむしろ水害地を見舞いたいとの熱意を示されたそうです。 そして昭和22年8月に福島県、宮城県、岩手県など東北6県を順に巡り、帰途には再度、二度目の福島県にお立ち寄りになっている。
福島巡幸では摂氏40度にもなる常磐炭鉱の坑内切羽(せっぱ、坑道の先端部;切羽詰る)まで御自ら足を運ばれ坑夫を激励して回られた。 勿論、天皇の心の中には鉱工業の発展が戦争直後の日本の復興には欠かせないとお考えになっていたからである。
其の時の巡幸の際に、常磐炭坑をご視察される予定になっていた昭和天皇は、石炭の生産状況について担当大臣に説明をお求めになり、炭坑労働者の福利厚生に注意を払うように促されたという。
天皇のお言葉として、「この夏は東北を廻らねばならぬ」、そして、「国民はみな汗を流して働いている。自分のからだは心配に及ばない」、更に、「地方の人達にはなるべく自由に迎えるように、更に、学童たちもどうしてもというならば日陰をえらぶように」(昭和22年夏) と仰せになられた。 このように酷暑が去ってから東北巡幸を行うように進言した側近達の言葉をしりぞけられた。
次回、 ● 戦後の昭和天皇の御巡幸
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